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「意味わかんない。」 「はいはい、頭悪い人にはわからないだろうね!」 「もー・・・いい加減にしなって。」 はい、任務は遂行できませんでした。 千奈美とももは、結局仲直りできなかった。 大体ね、千奈美がが余計なこと言い過ぎるんだよ。それで、ももはそういうの流せなすぎ。 せっかく私がキューピッドになってあげようと思ったのに、2人から「梨沙子は黙ってて!」とか言われちゃった。 何だよー 頼りにしてくれて嬉しかったのに、もものアホー。 ももたちはあんなだし私はこれで凹んじゃったし、すごく最悪な雰囲気のまま着替えの時間になった。 まぁに励ましてもらいながらおサルの格好になる。 こんなにファンキーな格好してるのに、みんな暗い顔しているのがちょっとだけ面白かった(熊井ちゃんはいつもどおりだけど)。 暇そうにしていたみやに声をかけて、お互いのほっぺに赤い丸を描いてるうちに少し気持ちが落着いてきた。 「元気ないね。さっきキュートの楽屋行ったんでしょ?千聖とか、愛理とケンカでもしちゃった?」 「うーん。ケンカはしてないんだけど・・・」 私たちの後ろの方では、ももと千奈美のケンカコンビが 「ちょっと!丸が大きいんだけど!ブスになるでしょ!」 「徳さんだってももの鼻に丸描いたじゃん!」 となんだかんだ言いあいながらペアになっている。 あれで仲直りしたように見せて実はしてない、っていう。まったくめんどくさい人たちだ。 「大丈夫?本当顔色悪いよ。梨沙子ギリギリまで言わないんだから。」 私の頭をポンポン叩いて、みやはお姉さんぽい顔をしてくれた。 私は落ち込んだり悩んだりすると、すぐ体調が悪くなってしまう。みやはいつも一番最初にそれに気づいてくれる。 急にテンションあがりすぎたり天然なとこもあるみやだけど、こういうところはお姉ちゃんって感じですごく甘えたくなる。 悩んでること、それはもちろんももたちのことじゃなくて、千聖のことだ。 さっき帰りがけにプロレス技を仕掛けたとき、千聖はまるきり弱っちい女の子みたいなリアクションだった。 いつもだったらすかさず反撃されて、私が大抵負けて終わり。 この流れも含めて千聖と格闘ごっこするのはとても楽しかった。 愛理とはできない男の子っぽい遊びを、千聖とやるのがすごく好きだったのに、きっとそれは当分できなくなっちゃうんだろうな。 さっきももと千聖が話してるのを見ていたら、前と変わってないようにも見えたけど、やっぱりこういうのは体に聞いたらすぐにわかるんだ。 どうしたらいいのかな。 私は嘘をついたり、知ってることを知らないふりしたりするのが苦手だ。 千聖が頭を打って、キャラがお嬢様になってしまったということは、私ともも以外知らない。 キュートは、私とももがそのことを知っているということを知らない。 ベリーズメンバーでは、私ともも以外そのことを知らない。 だから、私とももでベリーズのみんなの目から千聖を遠ざけなくてはいけない。 さっきももが言ってたのはこういうことだと思うけど、 「難しすぎるよ・・・・」 こんなにいっぱいのことを考えながらいちいち行動するなんて、私には無理だ。 考えるだけで頭がクラクラして、おなかが痛くなる。 「梨沙子、ちょっとコメ撮り待ってもらう?無理することないよ。」 「みやぁ。」 どうしよう・・・。 みやの優しさが心に染みて、泣きそうになる。 絶対に誰にも言うなって言われてたけど、みやなら口が堅そうだから大丈夫なんじゃないかな。 ももは自分のことでいっぱいいっぱいになってしまって、私のことなんて全然気に止めてくれないし。 「みや、あのね」 「ん?」 どうしよう・・・。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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「どうしたの。」 テレビを消して、パパとママは私が喋りだすのを待ってくれた。 「お姉ちゃんのことなんだけど。」 「うん。」 「あの、お姉ちゃんは・・・・・・頭が変になったの?心の病気とか。これから、そういう病院に通ったりしなきゃいけないの?」 声が震えた。 こういうことは簡単に言ってはいけないことだと、前に学校の先生が言っていた。 「明日菜。」 「私、お姉ちゃんをバカにしてるわけじゃないよ。でも、絶対に今お姉ちゃんはおかしい。パパもママも何にも言わないけど、そのこともおかしいと思う。」 瞼の裏がじわっと熱くなってきた。怒られるかもしれない。でも私は下を向かないでパパとママをまっすぐ見つめた。 ママが席を立って、私の隣に移動してきた。 「・・・・明日菜。言いづらいことを言わせてしまってごめんね。明日菜はお姉ちゃんが心配なんだって、ちゃんとパパもママもわかってるよ。」 「うん。」 緊張が解けて、じわっと涙がこみあげてきたから、慌てて思いっきり鼻をかんだ。 「お姉ちゃんのことだけど、パパと相談してしばらく様子を見ようってことになったの。 学校もそうだし仕事もこれから忙しくなるらしいから、病院へ行く時間を増やすよりも家でゆっくりできる時間を作ってあげたいと思ってる。」 パパがうなずいて、話を続ける。 「性格は変わったけど記憶には問題ないみたいだし、どっちみちしばらくは傷の手当てで通院はするから、何かあったらすぐ見てもらえるよ。」 「でも、でもさ。お姉ちゃんのファンの人はお姉ちゃんを嫌いになっちゃうかもしれないよ。今までと違いすぎるもん。」 お姉ちゃんは「少年」なんてあだながついてるぐらいボーイッシュなキャラだったから、全然違うお嬢様っぽいキャラになってしまったらきっとがっかりする人もたくさんいると思う。 キュートのメンバーだってあんなに戸惑っていたんだ。これって結構大変なことなんじゃないかな。 「そうだね。その話は、さっきお姉ちゃんともした。でもやっぱり、お姉ちゃんは自分の性格が変わったことがわからないみたいなんだ。 部屋が汚いとか、自分なりにいろいろ違和感はあるみたいなんだけど。 ファンの人と接する時はなるべく元の性格に近いように振舞いたいから、もともとどういう性格だったのか教えて欲しいって言ってた。 だから明日菜にも、お姉ちゃんのこといろいろ助けてあげて欲しいな。」 「うん・・・・・。わかった。でもやっぱり私は、元のお姉ちゃんがいいな。パパとママはそう思わないの?」 「思わないよ。ママにとっては、どんな千聖でも千聖に変わりないから。千聖が元に戻りたいっていうなら、いくらでも協力するけどね。」 パパもうなずいている。 そういうものなのか。私はまだ子供すぎて、ちょっとよくわからない。 「さあ、そろそろママ達寝るよ。明日菜も明日学校あるんだから、眠くなくてもゴロゴロしてなさい。」 「うん。お休み。」 抜き足差し足で寝る部屋に戻ると、相変わらずお姉ちゃんは幼虫みたいに小さく丸まって眠っていた。 「もっとこっち寄っていいのにな。」 私はタオルケットを体に巻きつけて、こっそりお姉ちゃんの背中に引っ付いた。 お姉ちゃんは体温が高くて、赤ちゃんのミルクみたいなちょっといいにおいがするから、 今までも内緒でくっついて寝たことが何度かあった。 今日のお姉ちゃんにも同じ事して大丈夫かな・・・としばらく様子を伺っていたら、 「明日菜。」 「うっわ」 もそもそと体の位置を動かして、お姉ちゃんが振り向いた。 「ごめん。あっち戻るから。」 「いいのよ。ここにいてちょうだい。」 お姉ちゃんは私の髪を何度か撫でて、優しく笑った。 ちょっとドキドキする。ずっと私より子供っぽいと思ってたのに、年齢よりずっと大人の女の人みたいに感じた。 「明日菜、もし私が何か不愉快なことをしたら、すぐに言って頂戴ね。 なるべく家族に迷惑をかけないように気をつけるから。」 「何で。迷惑って。別にいいよ今までどおりで。だって」 家族でしょ。 そう言いかけて、私はママがいってた「どんな千聖でも千聖に変わりない」という意味がちょっとだけわかった気がした。 「明日菜?」 「とにかく、これからもいつもと同じだよ。お休み!」 全部言葉にするのは恥ずかしかったから、強引に遮って自分のスペースに逃げ込んだ。 「・・・・ありがとう。」 ちょっとだけ涙声でお姉ちゃんが呟いた。もう。泣かれると困っちゃうよ。 これからお姉ちゃんがどうなっていくのかわからないけれど、私がいっぱい守ってあげなきゃ。 「じゃあ今度こそお休み。」 「おやすみなさい。」 手を差し出すと、お姉ちゃんは笑って握ってくれた。いっぱい疲れて、いっぱい悩んだ一日だったけれど、どうやらいい夢が見られそうな気がした。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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駅ビルの中にあるカフェの隅っこで、私は千聖から舞ちゃんとの事件のことを聞いた。 「知らなかった・・・舞ちゃんここ最近はちゃんとちっさーに挨拶してたから、もう大丈夫なのかと思ってた。」 私がなっきーとちょっと喧嘩になった日の出来事だったらしい。 その場に居合わせたというなっきーのことが気になった。 いつも明るく楽しいキュートでありたい。 そう思う私は、ついレッスン中も近くにいるメンバーにちょっかいを出してしまう。 なっきーはレッスンの時は真面目にやりたいタイプだとわかっていたのに、あの日は何だか浮かれていて、振りの確認をしているなっきーに頭突きを食らわしてしまった。 しかも最悪なことに、怒られた私はつい逆ギレをかましてしまった。 愛理にも後から注意されて、あわててなっきーにメールを送ると、そっけない返事が来てそれっきりだった。 単純に、まだ怒ってるのかなと思っていた。まさかそんな修羅場になっきーが立ち会っていたとは。 「早貴さんは、スタジオに戻ってきてくださった舞美さんと一緒にお帰りになったわ。舞さんもご一緒に。」 「え・・・じゃあちっさーは?」 「父に連絡をして、迎えに来てもらったの。」 私は瞬間的に頭がカッとなった。乱暴にバッグの中に手を突っ込んでケータイを探す。 「栞菜?」 「舞美ちゃんに連絡する。それは変だよ。何でちっさーだけ」 「いいのよ、栞菜。」 「やだよ。良くない。」 「栞菜!」 千聖が珍しくお腹に力を入れて声を出した。 「・・・・ごめん。」 「ありがとう、栞菜。一緒に帰らないと言ったのは私だから。舞美さんは私を誘ってくださったわ。」 千聖は微笑んで、注文したままおきっぱなしになっていたティーサーバーから、私の陶器に紅茶を入れてくれた。ほのかなジャスミンの香りで、昂ぶった気持ちが落着いてきた。 「でもちっさー。キュートをやめた方がいいなんてことは絶対ないから。 舞ちゃんはプロレスごっことか一緒にふざける相手がいなくなって寂しいだけだよ。 今のちっさーにだってだんだんと慣れていくって。みんなそうだったでしょ。 舞ちゃんは年下だし頑固なところもあるから、時間はかかるかもしれないけど。 そうだ、じゃあさ愛理にも頼んで今度4人で遊びに行こうよ。私ちゃんとフォローもするし。 舞美ちゃんやえりかちゃんだって協力してくれるよ。なっきーも。だってさキュートは家族だもん。」 私は興奮すると、やたら早口でおしゃべりになるらしい。考えが追いつかないうちに、言葉だけがぽんぽん口を突いて出てくる。 ちっさーを引き止めたくて必死だった。 「栞菜。・・・舞さんは、私のせいで何度も泣いているの。」 「舞ちゃんが?」 知らなかった。舞ちゃんはまだ中1なのにしっかりしていて、何があっても気丈に前を睨みつけていられるような強い子だ。私は舞ちゃんの泣き顔なんて、ほとんど記憶にない。千聖や私の方がよっぽど泣き虫だと思う。 「昨日も泣いていたわ。舞さんは私のことを考えるたびに胸を痛めている。 今もそうなのかもしれない。私の前で泣いていなくても、わかるの。・・・大好きな人のことだから。」 ちっさーの眉間にしわが寄って、声が震えた。泣くのかと思ったけれど、少し潤んだ瞳から涙は落ちなかった。 「ちっさー・・・・・それでも私はちっさーがいなくなるなんてやだよ。もうキュートにいるのは辛い?嫌になっちゃった?」 ちっさーの腕を掴む。体に触れていないと、どこか遠くへ行ってしまいそうで怖かった。 「いいえ。私も栞菜と同じ。キュートを家族のように思っているわ。 だけど・・・・・ううん、だからこそ、私がいることで傷つく人がいるなら、私は去らなければいけないと思うの。」 「やだ。お願い。どこにも行かないでよ。 舞ちゃんはちっさーがいて辛いかもしれないけど、私はちっさーがいないと辛いんだよ。 そしたらちっさーどうすんだよ。みんなだって辛いに決まってる。 ちっさーがいないと傷つく人の気持ちはどうなるんだよ」 もう自分でも何を言ってるのかわからない。周りの人が驚いた顔で私とちっさーを見比べているけれど、もうそんなことはどうでもよかった。 「栞菜ったら。何も今すぐに決めるというわけではないのよ。」 ちっさーはそろそろ出ましょうかと言うと、私のバッグを一緒に持って店の外へ出た。 知らないうちにかなり時間が経っていたらしい。もう夕暮れが近づいていた。 興奮して喋りすぎたことがいまさら恥ずかしくて、私はちっさーの顔を見ることができず、ひたすら繋いだ手に力を入れ続けた。 「・・・私から誘ったのに、楽しいお話じゃなくてごめんなさいね。でも話を聞いてもらえて嬉しかったわ。」 それきり無言で歩いているうちに駅に着き、改札の前で私達は向き合う。 「では、またね。」 「うん。」 「ごきげんよう。」 ちっさーはつないだ手を離して、私の方を一度も振り返らずに改札の向こう側へ消えていった。 取り残された私は家に帰る気にもなれず、駅のターミナルを抜け、線路沿いの小路を黙々と歩いた。 ちょうど踏み切りの前まで来ると、ホームの端にちっさーが立っているのが見えた。 声が届くかもしれない。 「ちっさ・・・・」 叫びかけた私の声は、途中で止まった。ちっさーは、今まで見たことがないほど険しい顔をしていた。その顔がふいに歪んで泣き顔へと変わる瞬間、ホームに電車が入り、私達の間を遮った。 そうだよね、ちっさー泣きたかったんだ。あんなに泣き虫なのに、私が困らないようにこらえていたんだ。 私は友達なのに、仲間なのに、家族なのに、何もしてあげられない。 ちっさーが乗った電車が遠ざかっていくのを見つめて、ただ途方にくれるしかなかった。 「私に何ができるかな・・・・」 明日は新曲の衣装合わせがあった。私は舞ちゃんと話す時間を作ろうと決心した。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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まだ梨沙子たちは医務室にいるだろうか。 少し重い足取りで歩いていると、曲がり角からちょうど中2トリオが歩いてきた。 「あっももぉ!」 梨沙子が嬉しそうな顔で飛びついてくる。 「お腹、大丈夫?」 「うん!愛理と千聖が看病してくれたよ。・・・それより、もも。ごめんね。私約束破っちゃった。」 約束?ああ、 「いいよ。梨沙子が話しておきたいって思ったなら、それが正解だよ。」 「え・・・もも、すごいね!まだ何のことか言ってないのに!」 うん、それはさっき立ち聞きさせてもらったからなんだけど。 「みんなのとこ、戻るの?」 一歩下がったところから、愛理が話しかけてくる。 「そうだね。みんな心配してるし、コメ撮りの残りがまだあるから。」 「舞美ちゃんたちも、みんなに会いたがってたよ。終わったらどっか空き部屋でまったりしよう。」 そんな愛理の提案をすぐみんなに伝えた効果なのか、その後再開した撮影は異例と言っていいほどスムーズに進んだ。ベリーズのこの団結力はたまらない。 「終わったー♪ほらほらみんなさっさと着替える!早く行こう!」 テンションの高くなってるまぁがみんなを急かして、着替えが終わった人からご指定の部屋へとバタバタ駆けていく。 「ちょっとぉ~脱ぎ散らかしてるし。」 一人でモタモタしていた私は、何となくすぐに向かう気になれなくて、散らかっている楽屋を片付けはじめた。 「駄目だなあ、私。駄目だ。駄目ももだ。あぁ~もぉ~だってさぁ・・・」 私はやたらと独り言が多い。今日の自分の至らなかった点をおさらいして「キャー」と絶叫する羞恥プレイをしばらくやった後、ふと振り返ると気まずそうな顔をした千聖が立っていた。 「うっわびっくりしたぁ!いつからいたの!」 「あ・・・えと・・・だ、大丈夫です、だよ!何にも聞いてな、ませんよ!」 千聖は私がどこまで把握してるのか忘れてしまったらしく、キャラを決めかねてあわあわしている。 「無理すんなって、千聖お嬢様。」 私がからかうと、千聖は顔を赤くして「ごめんなさい。」と呟いた。 「私、桃子に隠し事して。」 「そんなことどうでもいいよ。ももと千聖の仲じゃない。謝らないでよ。」 私も千聖に余計な負担をかけてしまったことを謝りたかったのだけれど、ここでごめんねを言うと確実に謝り合戦になってしまうのでやめておいた。 「みんなのとこ、行かなくていいの?」 私の横に座り込んで一緒に作業を始めた千聖は、 「桃子さんがいないから、なんだか寂しくて。」 とはにかんだ。 「またまたぁ~。」 私は照れ隠しもあって、軽く千聖に体当たりをしてみた。 「本当ですよぉ。私、桃子さんが大好きです。いつも私のこと、優しく守ってくれて。」 「私は優しくなんかないよ。すぐムキになるし、今日もメンバーとケンカ中。こんなんだから浮くんだよね。何年ベリーズやってんだって感じだけど。」 このキャラの千聖には、何だか甘えたくなる。少し大人びて、落着いた顔をしているからだろうか。 千聖を相手にこんな気持ちになるなんて、思いも寄らなかった。 「・・・皆さん、桃子さんがいらっしゃらないのを心配なさってたわ。何か悩んでるみたいだともおっしゃってた。」 千聖は体を私の方に完全に向けると、私の頭を撫でるようにして胸に押し付けてきた。 私の方が3つも年上なのに、ちょっとこれは恥ずかしい。 でも千聖の暖かい体温はとても心地がよくて、このまま甘い香りのする胸で休ませてもらうことにした。 「ねえ、千聖。どうして千聖は、私と一緒にいてくれるの? キッズの時からそうだったよね。 私が、一人ぼっちになりやすいから心配してくれてるの?本当は千聖、もっと舞ちゃんや他のみんなと一緒にいたいのに、もものせいで我慢してたとか? 私はずっと、寂しくて押しつぶされそうな時に千聖が近くにいてくれて嬉しかった。今もこうやって、私が一人にならないようにわざわざ来てくれて、嬉しいけど何でもものためにここまでするの?」 17歳にもなって、何が一人ぼっちだ。ばかもも。 理性ではそう思っているけど、私の口からは自然に言葉がでてくる。 千聖は人の心を裸にしてしまう。 一人でも平気だったはずの私は、こうやって思いがけない形で、本当の意味での自分の本心の対峙させられてしまった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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前へ 「あ、熊井ちゃん笑った!もう元気?」 「うん、何か元気でた!」 千聖は目いっぱい手を伸ばして、自分よりもずっと大きい熊井ちゃんの頭を撫でた。 熊井ちゃんも熊井ちゃんで、ちょっと頭を下げて触りやすいようにしてあげながら、さっきの暗黒顔はどこへやらニコニコしている。 今鳴いたカラスが・・・と思ったけれど、2人が笑い合っているのは何だか可愛いから、そのまま黙って見守ることにした。 ――別の星の人、か。 熊井ちゃんはもう自分で言ったことも忘れて千聖とはしゃいでいるけれど、改めてその言葉を反芻しながら千聖を観察していると、私の中で燻っていた違和感がまた大きくなってきた。 千聖はこういうヒラヒラしたスカートは穿かなかったはず。 千聖はこんな凝ったメイクはしなかったはず。 千聖はもっと大きな声で笑ったり泣いたり怒ったりしていたはず。 「もー!熊井ちゃんウケるぅ!私そんなこと言ってないよー」 のけぞってケラケラ笑う時も、パンチラ防止に足に力が入っている。手はお上品に口元を隠す。 熊井ちゃんを見つめる顔が、何だかお母さんのように優しい気がする。 お母さんて、それじゃあ私と千聖は 「茉麻ちゃん?」 「キャラが被るじゃん!」 「・・・えっ?」 「あっ、ごめん。別になんでもないよ?」 いきなり話しかけられたから、うっかり変なことを口走ってしまった。 よく考えたら、キャラは被らないよね。だって私はお母さんキャラだけど、結構豪快だしガサツだし、今千聖がやってる感じとはまた違う。 「茉麻?キャラが被るって、誰と?」 あ、ヤバイ。熊井ちゃんの興味をひきつけてしまった。こうなると、熊井ちゃんは納得いく説明を受けるまですっぽんみたいに食いついて離れてくれなくなる。 「別にたいしたことじゃないよー。何か千聖とキャラ被ったりしてって思っただけ。」 「ははは、何でー?全然違うじゃん、ねー千聖?」 千聖もケタケタ笑っている。 「だよねー。何か今日の千聖がママっぽいから。でも何か、今日の千聖は女の子らしいからお嬢様ママって感じだね。」 ・・・・・・・・・・・・ あれ? 何か変なこと言ったかな? 千聖が目を見開いて、私の顔を凝視したまま固まった。 「え、ご、ごめん!まぁと被るとかやだった?」 無言で首を横に振る千聖。 「何か言っちゃいけないこと言った?」 「あ・・・ぁの」 急に、千聖の表情が変わった。 ギュッと眉間にしわを寄せて、何かに耐えるように俯いてしまった。 「千聖?ちょっと、本当にどうしたの?」 「ごめんなさい、私」 千聖はいきなり立ち上がると、廊下を走り出した。 「待って!」 私は筋力と瞬発力だけは結構ある。後を追いかけると、千聖はさっきまでいたトイレに駆け込むところだった。 「まーさー・・・待ってよー早いよー」 「先行くから!さっきのトイレね!」 くまくました喋り方と走りの熊井ちゃんをひとまず置いて、私は千聖に専念することにした。 「千聖!千聖!どこ?」 幸いなことに、個室は一個しか鍵がかかっていなかった。 ここにいるんだ。 私は呼吸を整えて、まずは小さくノックをした。 「千聖?ここでしょ?」 「・・・・・・ごめんなさい、私、大丈夫です。」 ・・・喋り方、違ってる。 何だか声も細くて、どう考えても別人だ。 でも今はそれより。 「ねえ、千聖。私なんか気に障ること言ったなら謝るよ。」 「あの、違うんです。茉麻さんは、悪くないんです。」 「まあささんて・・・」 いろいろ聞きたいことはあるけれど、これ以上刺激するのはよくない気がする。かといって、このまま放っておくわけには絶対いかない。 「いた!まーさ!」 そのうちに熊井ちゃんがヘロヘロになりながらもトイレに入っていた。 「千聖、いるの?」 「あっちょっ」 熊井ちゃんはいきなりドアをガンガンたたき出した。 「千聖?ごめんね、私が首絞めたから?」 「ひっ!・・・あの、本当に私、違うんです。友理奈さんのせいじゃありません。」 熊井ちゃんは千聖の言葉遣いに驚いて、怯えた子供みたいな顔になった。 「ま、茉麻・・・何で?ユリナさんって言われた。」 そういわれても、私にもわけがわからない。 「千聖、とりあえず、よかったら出てきてくれないかな。私たちも何が何だか。」 「う、うん。説明してほしいな。千聖。」 ついつい夢中になって、ちょっと大きい声で2人がかりの説得を始めてしまった。 長身の熊井ちゃんに、これまた体格のいい私が、トイレを囲んで騒いでいる。 ・・・・これ、はたから見たらいじめみたいに見えるんじゃなかろうか。 「ちょっと!何してるの!千聖がそこにいるの?」 悪い予感というのはあたってしまうものだ。 独特のキャンキャン声。 振り向くと、トイレの入口に腕組みをしたなっきぃが目を吊り上げて立っていた。 次へ TOP
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食べ物はムダにしない主義だった私は、ここ最近それを覆さなければならない事態に陥っている。 頭打ってお嬢様キャラに変わった千聖を見てチーズケーキを床に落とし、 日傘を差してごきげんようと挨拶してきた千聖を見てマックシェイクを鼻から出し、 ついさっきはお昼にみんなでバカ話をしている時に、15秒遅れて「うふふ」と笑った千聖のせいでカップラーメンミルクシーフードをなっきーにぶっかけてしまった。 おかしいよ。特に愛理。みんな最初はとまどっていたものの、新しい千聖を受容しつつあるみたいだ。責任を感じている舞美や複雑な表情をしている舞ちゃんはまた違うみたいだけど・・・。 私は未だに、千聖がわるふざけをしているようにしか思えない。千聖はいたずらを思いつくのが天才的に上手だから、ただ単にこの「お嬢様ごっこ」のやめ時がわからなくなってるんじゃないかって考えていた。 それに、これがもし本当に千聖の演技ならば、早くやめてくれなければ困る。 千聖のお嬢様らしい振る舞いは、いちいち私のツボにはまるのだ。 おしとやかモードの千聖の背後に、大口開けて一緒にギャハギャハ騒いでいた時の千聖の顔が浮かんで、どうにも耐えられない。 私は、笑ってはいけないというプレッシャーにものすごく弱い。今日は千聖と栞菜と私で、僕らの輝きの歌とダンスの再確認があるというのに、相当まずい状況に追い込まれてしまった。 「千聖。」 意を決して、愛理と楽しげに髪型をいじっている千聖を隅っこに呼び出し、問い詰める。 「あのね、もうそろそろやめにしない?」 「・・・あの、何のお話でしょうか。ごめんなさい私、心当たりがございません。」 千聖が追い詰められたチワワのような瞳でじっと見つめてくる。この時点でかなりやばかったけれど、どうにか視線を下げて言葉を続けた。 「だから、そろそろ元気な千聖に戻ってほしいの。お嬢様キャラも面白いんだけどさ。舞美もずっと落ち込んでるし、安心させてあげたいじゃない?」 「えりかちゃん、そんなこと言ってもダメだよ。本当に千聖は変わったの。演技じゃないんだよ。」 いつの間にか近づいてきていた愛理が、千聖を庇うように間に入ってきた。千聖も安心したように、愛理の二の腕をやんわりと握っている。 たしかに、これが演技なら千聖はものすごい女優になってしまう。 本物のお嬢様である愛理と比べても遜色ない。だけどやっぱり私の脳裏に焼きついているのは、牛乳を口に含んで栞菜と笑っちゃいけないゲームをしてるようないつもの千聖の姿なのだった(ちなみに千聖が負けて楽屋を牛乳まみれにした)。 「でもね愛理」「じゃあ梅田有原岡井、そろそろ準備して。」 ちょうど折り悪く、マネージャーが入ってきてしまった。 「じゃあね、頑張って、千聖。」 「はい、ありがとうございます。」 何言ってんの千聖。アホか。あああ笑いたい。爆笑してスッキリしたい。でも私の最後の良心が、それを押し留めていた。 「はい、じゃあまずダンスの確認から~」 「♪いーさーまっしいー」 CDの千聖の声を合図に、三人で立ち位置を確認しながらダンスをこなしていく。 千聖はいつもどおりに踊っている・・・つもりなのかもしれないけれど、何だかとてもふわふわゆるゆるした動きをしている。決して間違った振りをしてるわけじゃないので、先生も栞菜も困惑したように千聖を見ている。 「岡井、調子悪い?」 「いいえ、そんなことはありませんわ。それにこの曲は、私の大好きな曲ですの。」 「デスノ!?」 アーヤメテー!ヤバイー! 「梅田も大丈夫?」 「ハ、ハイワタシノコトハキニシナイデクダサイ」 もう千聖の顔をまともに見ることができない。私は必死で、最近あった悲しい出来事を頭の中に並べ立てて平静を保っていた。 「じゃあ先に、歌の確認やろうか。岡井、出だしいける?」 「はい。」 ちょ、ちょっと待って。歌は、歌はやめて!千聖! 「い~さ~ま~しい~~か~が~や~きの~」 小さな鈴が音を立てるような、生まれたての天使の産声のような愛らしい声で、両手を胸にそっと重ね、慈愛に満ちた表情で千聖が歌いだした。 「ぶはははははははははははh」 「えりかちゃん!?」 私はそのままたっぷり20分笑い続け、強制的に早退させられることになったのだった・・・・。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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「っ・・・」 「千聖?」 小さく息を呑んで、千聖は箸を取り落とした。そのまま、口元を押さえて席を立つ。 「千・・・」 追いかけようと立ち上がりかけた舞ちゃんを制して、みぃたんがその後ろ姿を追いかけた。いつものほわほわした雰囲気とは違って、とても慌てた顔をしていた。 「・・・どうしたんだろねー」 千聖のお箸を拾ってあげながら、愛理が首を捻る。 「体調、悪いのかな?結構元気そうに見えたんだけど」 今は、ハロプロ合同コンサートの中日。ちょうど、お昼休憩の真っ最中。 こういう時は、普段はあんまり会えない、他グループの仲良しさんとごはんを食べるのが恒例になってるんだけど、今日は何となく「℃-uteで食べよっか!」みたいな空気になって、楽屋で仲良く食事をしていたところだった。 今日の千聖は、お嬢様キャラだった。 私たち℃-uteにとってはおなじみのこのキャラも、ベリーズや娘。メンバーには相変わらず新鮮なようで、休憩のたびにあっちへこっちへ振り回されまくってるから、ちょっと疲労がたまってしまっていた可能性もある。 「・・・私も、ちょっと見てくるね」 一応、私はこれでもサブリーダー的な立場になるわけで。今日の今後のステージのためにも、千聖の状態を把握しておきたい。 そう思って立ち上がると、「あ、私も」「舞も」と2人が続いてくれた。 25 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/02/01(月) 17 27 08.28 0 * 「はぁ、はぁ・・・」 もう動悸はおさまったけれど、私は水道の蛇口を全開にしたまま、再び口を押さえて鏡を見つめた。 ただでさえあんまり好きではない自分の顔が、紅潮して余計に可愛らしくないものになっているような気がした。 “ちっさー。” 目を閉じると、舞美さんの優しい笑顔が浮かんでくる。 “これで、大丈夫だよ” “恥ずかしくないから。いつでも舞美が・・・してあげるからね” 大きくて温かい手。私のよりもずっと器用に動く、長い指が、“それ”を摘み上げる。何度も何度も。その度に私は嬉しくなって、舞美さんも満足そうに笑って私の頭を撫でてくれた。・・・それなのに。 ――これは、あの時の・・・? 無意識に、胸を両手で押さえる。このことは、私だけの秘密にしておかないと。きっと舞美さんは、責任を感じてしまうだろう。 それに、私には皆さんに上手く説明する自信もない。口にするのがとても恥ずかしいから。 だって・・・“あんなこと”を人にお願いするなんて。 “ちっさーは、可愛いね。ちゃんと・・・してあげるから、舞美に全部まかせて” 爽やかに笑う笑顔を思い浮かべていたら、またピリッと痛みが走った。 「うっ・・・」 私は再び身を乗り出して、洗面器に向かって咳き込んだ。 26 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/02/01(月) 17 28 27.02 0 * 「ケホッ・・・ケホッ」 一番奥の洗面台の前で、ちっさーはとても苦しそうにしていた。 「ちっさー!」 「あ・・・、まい、み、さ」 私はちっさーの背中をさすった。手のひらにトクントクンと早い鼓動が響いて、胸が締め付けられるような気がした。 「・・・ごめんね、ちっさー」 「え・・?」 「ごめん、だって、私が・・・」 「違うわ、舞美さん。舞美さんは何も。千聖があんなことを、舞美さんに・・・・」 激しく首を横に振るちっさーを抱き寄せて、髪に指を通した。私のせいで、苦しい思いをしたはずなのに、文句も言わないで気遣ってくれる。嬉しいけれど、同時に自分を情けなく思う。 「もう、大丈夫?」 「ええ。ごめんなさい。皆さんも、驚いてしまったかしら」 「・・・戻るの、少し休んでからにしよ?舞も、みんなもちっさーのこと心配していろいろ聞いてくると思うけど、言いにくかったら私から説明するよ」 「あっ・・・」 私は指先で、ちっさーの喉をそっと撫でた。すべすべした皮膚の下で、キュッと小さな音がした。 「舞美さ・・・」 「ごめんね、ちっさー。あの時、痛かったでしょ・・・」 27 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/02/01(月) 17 29 56.45 0 * 「舞美さ、ん・・・大丈夫、ですから」 千聖は首筋を這う舞美ちゃんの指をそっと捕まえると、体を離そうとした。でも、舞美ちゃんは後ろから千聖をしっかり抱いたまま、離れようとしない。 「・・・ごめん」 また、謝罪の言葉。一体何のことなのかわからないけど、お気軽に質問できる雰囲気でもない。トイレに入るタイミングを逃した今、物陰に隠れたまま、なっきぃ舞ちゃんとともに、2人の動向を見守ることしかできなかった。 「舞美さん、もうそのことは・・・。だって、あれは、千聖がお願いして」 「でも、結局私、ちっさーに辛い思いさせちゃった。きっとえりなら、もっと上手に・・・」 「違うわ。私は舞美さんがよかったの。だから」 落ち込んだ様子の舞美ちゃんのほっぺに、千聖が優しく触れた。2人はじっと見つめ合っている。 「きゃんっ・・・」 ふいに、舞美ちゃんの指が、千聖の唇に触れた。そのままゆっくり引きおろされていく。 「ここ?この辺は・・」 「っ、・・・・・あぅ・・」 「ちっさー・・・」 ――え、なに、これ。なにやってんだ、一体。さっきから、舞美ちゃんが千聖の首筋や喉を何度も撫で付けて、まるで・・・ 「・・・ね、なんの話、してるんだろ」 耳元のなっきぃのささやき声も、心なしか湿った色を含んでいるような気がした。・・・このエロ女帝が。 28 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/02/01(月) 17 31 33.60 0 「ま、舞美、さん」 「ちっさー・・・あの、太いの、痛かったでしょ。奥まで刺さって」 「あ・・そんな」 「血、出ちゃったんじゃない?ちゃんと私、責任取るから。とにかく、今は少し安静にしたほうが・・・」 「ちょっと・・・」 「え、これって」 なっきぃと顔を見合わせたまま、何と言っていいのかわからず、私たちは頭を捻った。 ――えーっと。つまり、まぁ、なんだ。私だって、恋愛経験といっていいものが皆無とはいえ、普通にちょっと刺激的な漫画だって読むわけで。 従いましてまったくそういう知識というものがないというわけではないこともないといいますか、 そもそも岡井さんにおかれましてはその、なんだ包み隠さす申しあげますと、案外性的な接触に関して奔放な面が見受けられるわけでございますし梅田さんや萩原嬢ひいては私自身等とも 「・・・・つまりこれは、舞美ちゃんが、千聖の初めてを奪って、妊娠させたということでしゅね」 「ヘッ!」 いきなりずっと黙っていた舞ちゃんが、真顔で、2人を見つめたままそんなことをつぶやいたもんだから、私は某ピンクのベストがトレードマークのお笑い芸人さんのような声を出してしまった。 「い、いや、あのね、舞ちゃん」 「とりあえず、戻ろう。立ち聞きはかっこ悪いし。いこ、2人とも」 舞ちゃんは爽やかに笑うと、やけに軽やかな足取りで、楽屋の方に向かって歩いていった。こ、怖いよう! TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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前へ 「あっ違う星って言っても、本当は私も千聖も地球人だってわかってるよ。でも、今までと違うっていう意味で」 「いや、そこはわかるから。」 熊井ちゃんはせっかく面白い例えを使うのに、変に生真面目だから、わざわざ説明をしないと気がすまないみたいだ。 うまく誘導しないと、こうやっていつまでたっても本題に入らなくなってしまう。 「何か、今までの千聖は思ったことは全部ポンポン言ってたのに、今は一度立ち止まって考えてから喋ってる気がする。話の内容はそんなに変わってないんだけど、あんまり暴走してないっていうか。」 ちょっとつまんなそうに、熊井ちゃんは口を尖らせた。 「私も結構そういうとこあるし、千聖はこっち側の人だと思ってたんだけどな。仲間が減って残念。何で変わっちゃったんだろう。・・・ねえ、聞いてる?」 空いてる部屋や控え室、自販機の近くのベンチなんかを探索しながらフンフンと生返事をしてたら、わき腹にチョップを食らった。 「うわうわっ、聞いてるよ!多分、熊井ちゃんがそう思うなら本当に変わっちゃったんだよ。熊井ちゃんだって、ちゃんと千聖のこと見てるんじゃん。優しいね。」 「嘘、本当に?嬉しいなぁ~」 熊井ちゃんは小さいことでも顔をくしゃくしゃにして、大きい赤ちゃんみたいに喜んでくれる。 ちょっと曇りに差し掛かっていた私の心も、この笑顔で簡単に快晴になった。 「もも、いないね~」 「楽屋も見てみる?でもちょっと遠いし先に他のとこ・・・あれ?ちょっと、熊井ちゃん隠れて」 私たちは近くの部屋に飛び込んで、隙間から頭だけ覗かせた。 すぐ前のトイレから、千聖が出てきたところだった。 もっと近くのトイレ行けばいいのに。 ウ●コ?と思ったけれど、熊井ちゃんはこの手の下ネタにマジギレすることがあるから、とりあえず黙っておくことにした。 「千聖、戻らないのかな?」 千聖はなぜか引き返さずに、みんなのいる部屋とは反対方向に歩いていった。 「わかった、多分うちらと一緒だよ。もものこと探してるんじゃない?」 「そっか!じゃあせっかくだし一緒に行きたいよね。茉麻、ちょっとシーッね。」 熊井ちゃんはいたずらを思いついた時のわくわくした顔になって、抜き足差し足で千聖の後をつけはじめた。 でも身軽で早足な千聖と、のんびり屋の熊井ちゃんでは、全然距離が縮まらない。 だんだん苛々しだした熊井ちゃんは、少しずつ大またになって競歩みたいな足取りで、千聖を追いかける。 「熊井ちゃん、バレちゃうよ。」 私の小声とほぼ同時に、気配に気づいたのか千聖がふと足を止めた。 「だーれだ!!」 振り向かれる前に、と慌てた熊井ちゃんが、千聖に手で目隠しをした・・・・はずだった。 「んぎゃんっ!」 千聖が瀕死の小犬のような声をあげた。 「あっ!やだ、違う!」 何事!?急いで千聖の前に回ると、熊井ちゃんの長い指が思いっきり顎と喉の境に食い込んでいた。 かなりの長身の熊井ちゃんと、ちっちゃい千聖では身長差が30cm近くある。 慌てたのと、うまく位置を掴めなかったせいで、目標よりだいぶ下のほうを捉えてしまったみたいだ。 「ひーん、どうしよう!千聖ごめんね、息できる?大丈夫?」 「ケホッケホッ・・・え、えと、ふわぁっ」 慌てた熊井ちゃんは、半泣きで首から手を離して肩をガクガク揺さぶった。 千聖は目を白黒させている。 「熊井ちゃん、とりあえず落ち着いて!ゆすっちゃ駄目だよ。」 熊井ちゃんはイマイチ自分の体のことをわかっていない。 舞美ちゃんみたいなスポーツ系じゃないとはいえ、十分上背はあるんだから、加減しないと思わぬ事故が起こるんだ。そう、今みたいに。 「やだーやだーもう!どうしよう、痛かったよね?」 「う、ん?びっくりした・・・ケホッ」 「ごめんねー、千聖。ジュース奢るから、ちょっとまぁたちに付き合ってくれる?」 パニックになってる熊井ちゃんを落ち着かせたかったので、とりあえず3人連れ立って自販機まで戻ることにした。 「はい、紅茶でいい?」 ベンチに座っている2人に、紙コップのミルクティーを差し出す。 「う、うん。ありがとう。本当にいいの?私お金払うよ。」 「いいって。びっくりさせちゃったお詫びで。」 千聖の喉元は真っ赤になっている。慌てた熊井ちゃんが全力でさすってあげたのかもしれない。 困惑した顔でカップに口をつける千聖は、横にいる熊井ちゃんを何とか励まそうとしているみたいだ。 「熊井ちゃーん。千聖は大丈夫だよ?びっくりして変な声出しちゃっただけ。」 熊井ちゃんは声もなくがっくりと肩を落としている。 整った顔立ちの熊井ちゃんは、黙っていると少し怖い感じになる。 その顔で落ち込んでいると、まるでこの世の終わりみたいな悲愴な表情になってしまう。 「本当だよ・・・別にそんなに落ち込まなくても。」 「だって私、こんな小っちゃい千聖に」 「「1歳しか違わないよ!」」 突っ込みが綺麗に綺麗にそろった。 「ク゛フフッ」 「あはっ」 いいなあ、この感じ。 千聖と私はこういうしょうもないことのタイミングがよく合う。 さっきは千聖が変わっちゃったなんて思ったけど、このノリが消えてないならまあ別にいいかな。 熊井ちゃんも私たちの方をチラッと見て「ふへっ」と少し笑った。 次へ TOP
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そこは真っ暗だったけれど、とても暖かくて、甘いお菓子みたいな匂いがただよっていた。 私は一人ぼっちでうずくまっていた。不思議と寂しくはない。 柔らかい綿みたいなものに包まれながら、ウトウト目を閉じたり開いたりしてまどろんでいた。 どこだろう、ここ。 長い時間ここにいたような気もするし、さっき来たばっかりのような気もする。時間の感覚がよくわからない。 たしか私、舞ちゃんと喧嘩してたんじゃなかったっけ?その後舞美ちゃんとふざけっこしてて・・・・ 「・・・眠い・・・・」 いろいろ考えようとしても、頭がボーッとしてうまくいかない。 体に力が入らない。 私、もしかして死んじゃうの? 嫌だ、まだやりたいこといっぱいあるのに。 キュートでいっぱい活動して、学校の友達といっぱい遊んで、パパやママや妹弟たちとももっとたくさんの時間を過ごしたいのに。 フラフラする体を無理矢理起こすと、なんと私の目の前に私がいた。 「うわっ。」 完全に真っ暗な空間だったのに、私の姿だけはなぜか見えた。 「ねえ、あのさ、千聖だよね?ていうか私も千聖なんだけど」 とりあえず話しかけてみるけれど、私はにっこり笑ってるだけで、何にも言わない。 よく見てみると、今私が見ている私は、私自身とは少し違うような気がした。 私、こんな大人っぽい顔してたかな?服も、私じゃ絶対選ばないようなお嬢様っぽいスカートなんて履いてるし。 「ねえ、」 もう一度話しかけようとしたら、目の前の私はいきなり手を伸ばして私を抱きしめてきた。 私はどうしていいのかわからなくて、とりあえず私を抱き返してみた。 その瞬間、2人の体が、ピッタリと一つにつながったような気がした。 「あぁ・・・・」 唇から大きなため息があふれ出た。 頭の中に、たくさんの映像が流れ込んでくる。 私の手を抱いて、みんなの輪の中に引き入れてくれる愛理。 私と一緒に、笑いながらグラウンドを走る舞美ちゃん。 私の名前を叫びながら、傘もささずに夜の街を駆けるなっきぃ。 目に涙をいっぱいためながら、どこにも行かないでと私を引き止める栞ちゃん。 暗い部屋の中で、黄色いリボンで指をつないだまま、私と寄り添っている舞ちゃん。 どんなシーンでも、優しい顔で私を後ろから見守ってくれているえりかちゃん。 桃ちゃん、りーちゃん、ベリーズのみんな、パパ、ママ、妹に弟。みんなが私に向かって笑いかけている。 長い長い映画を観ているような感覚だった。 なぜだかわからないけれど、すごく胸が痛くて、私はボロボロと涙をこぼしていた。 みんなに会いたくてしかたがなかった。早くここを飛び出したくてたまらない。 「みんなのとこ、戻らなきゃ。」 私がそういうと、もう一人の私は、肩越しにしっかりとうなずいた。 暗闇の中でぼんやりと光っていた目の前の私の体が、だんだんとさらに強い光を放っていく。 「まぶしっ・・・・」 目を開けていられない。 私は光の洪水の中で、しばらくの間きつく目を閉じていた。 たくさんの人の気配で目が覚めた。 ちょっと黄ばんだ天井。薬くさい空間。 レッスンで使うスタジオの、医務室のベッドに私は寝ていた。 右手が熱を持ったようにジンジン痛い。強い力で握り締められているみたいだった。 「茉麻ちゃん・・・?」 舌が引きつれてうまく喋れなかったけれど、私の声を聞いた茉麻ちゃんは、うつむいていた顔をガバッと上げた。 大きな丸い目が、裂けちゃいそうなぐらい大きく見開かれている。 「手、痛いよ茉麻ちゃん・・・・」 「千聖・・・・!」 茉麻ちゃんの顔が歪んで、私のほっぺたに涙が落ちた。 「千聖、千聖!ごめんね、私のせいで」 茉麻ちゃんは放っておいたら土下座でもしそうな勢いだった。何が何だかよくわからなかったけど、私はあわてて「私、大丈夫だよ。」と背中をさすった。 「・・・ちっさー」 今度は後ろから名前を呼ばれた。 振り返ると、至近距離に舞美ちゃんの顔。まるでお化けでも見るような顔で、私を見つめている。 よく見たら、狭い部屋の中にたくさんの人が集まっていた。 キュートのみんなだけじゃなくて、ベリーズも。マネージャーさんやスタッフさんも端っこの方にいた。 「えっ、これ何っ・・・私、どうしたの?何かあった?」 「千聖・・・喋り方」 「え?何か変?ごめんわかんないけど」 「元に戻ったんだ・・・・・」 めったに泣かない愛理が表情を崩したのを合図にしたように、キュートもベリーズも、皆が泣き出してしまった。あのももちゃんまで。 「え・・・ええっ・・・・!ちょ、ちょっと、やだなあ。舞美ちゃん?えりかちゃん?アハハ、やめてよぅ」 ドッキリでもしかけられてるのかと思って笑いかけるけれど、誰も「なんちゃって!冗談冗談ー♪」と言ってくれない。 りーちゃんや栞ちゃんなんて、吐いちゃうんじゃないかってぐらいヒーヒー言いながら泣いている。 「っ痛・・・・!」 何気なくおでこに手をやると、包帯が巻かれていた。右のほっぺたも湿布で覆われている。 なんだろう、この感じ。前にもこういうことがあったような気がする。 「あ、あのごめん、私なんで怪我してるの?」 キュートのみんなはもうまともに喋れるような感じじゃなかったから、どうにか話を聞いてもらえそうなキャプテンと雅ちゃんに声をかけてみた。 「・・・覚えてないの?千聖今、階段から滑って落ちちゃったんだよ。」 「それで、キャラが変わ・・・違う、元に戻って・・・・・でも良かった、本当に」 2人はそこで声を詰まらせて、また泣いてしまった。 「キャラって・・・」 いったい何のことを言ってるのかわからない。 階段から落っこちたっていうのは、多分舞美ちゃんとくすぐり合いっこしてたからだと思うけど。 でもそれなら何でベリーズの皆がいるんだろう?ていうか、そもそも何でみんなこんなに泣いてるんだろう。 「ねえ、みんなそんなに泣かないでよー・・・」 私は何だか悲しくなってきて、つられて泣き出してしまいそうになった。 「・・・・・・・・・・・・・千聖。」 その時、泣き続けるみんなをうまく避けながら、舞ちゃんが私のところに近づいてきた。 「あっ舞ちゃん。ねーこれっ何で・・・・」 質問しようとした私の唇を、舞ちゃんの手が覆った。 ひんやり冷たい手が、ほっぺたを辿って鼻、まつげ、髪の毛に触れた。 どうしてだろう。 こうやって舞ちゃんが私の顔に触れるのは、初めてじゃない気がする。 “くすぐったいわ、舞さん” 頭の中に、そんな不思議な声が聞こえた。 「ちさと・・・・ちさと・・・・」 舞ちゃんは私の名前を何度も呼んで、細い腕で私を抱きしめた。 「舞ちゃぁん・・・」 壊れやすいガラス細工を扱うように、とても優しく包まれて、私もついに泣き出してしまった。 どうしてなのかわからないけれど、胸が締め付けられるようにズキズキ痛んだ。 思いっきり泣いてみんな落ち着いた頃、舞美ちゃんからいろいろ教えてもらった。 それによると、私は3週間ぐらい前にも階段から落ちて、頭を打ったらしい。 「舞美ちゃんとふざけてて、落ちた?」 「それは3週間前。・・・ちっさー、今日何日だかわかる?」 私が答えると、みんなが落胆のため息をついた。どうやら3週間分の記憶がすっぽり抜けているらしい。 「本当に覚えてないの?」 「うーん・・・」 何かが引っかかっているけれど、思い出すことができない。 「ちっさー、お嬢様になってたんだよ。」 ――お嬢様。 その単語を耳にした途端、私の心臓がドクンと波打った。 すっかり忘れかけていた、さっきの夢のことを急に思い出した。 もう一人の私が見せてくれたあの光景が、頭をいっぱいに満たしていく。 「千聖?大丈夫?」 思わずこめかみを押さえてキツく目をつむる。 「思い・・・・出した、かも」 「ええっ!」 「まだ全然、ざっとだけど。自分がお嬢様キャラとか全然わかんないし。」 それでもみんなにとっては嬉しい報告だったらしく、安心したようなおだやかに笑ってくれた。 「お帰り、千聖。」 困ったようないつもの笑顔で、愛理が手を差し出した。 「ただいま。」 握った愛理の手は、何だかいつもより暖かくて頼もしかった。 その後。 キュートのみんなは元に戻った(らしい)私をすぐに受け入れてくれて、いつも通りのキュートになった。 舞ちゃんは最初すごく優しくしてくれたけど、今はもうすっかりもとどおりになった。私とつまんない喧嘩をしながら毎日キャーキャー騒いでる。 パパやママなんて、3週間の間いい子だった私と今の私を比べて、「また部屋汚くして!勉強は?お嬢様千聖を見習いなさい!」なんて言ってくる。 明日菜は「キモかった」「変だった」を連発した後、「おかえりなさい。」と呟いた。可愛い奴め。 結局私は、全ての記憶を取り戻すことはできなかった。 あの時夢で見たみたいに、ダイジェストみたいな形で、大まかな出来事は思い出せる。でも細かいことや、自分がお嬢様言葉で喋っていたり、可愛い服装をしていたことなんかは実感がない。 そういわれればそう・・・なのかな?という程度。 「ちっさー、本当に可愛かったんだよ。」なんて時々栞ちゃんが私をからかう。みんなは真顔でうなずいたりする。 「やめてよ恥ずかしいよ」 照れ隠しに変顔やったりしてごまかすけれど、お嬢様の話をされると、なぜかいつも胸の奥が甘くざわめく。 「まだここに、お嬢様の千聖はいるのかな。いたら面白いなあ。おーい。ごきげんよう。」 独り言をつぶやいて、胸をノックしてみても、当然何の反応も返ってこない。 それはみんなが知ってて、私だけが知らない、ひと夏の不思議な出来事だった。 戻る TOP コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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前へ 「いくら熊井ちゃんと茉麻ちゃんでも、千聖をいじめたら絶対許さないから!」 鼻息荒く、なっきぃが私たちのところまで歩いてきた。 「ちょっと待ってよ。イジメなんてしてない。」 カチンときて、思わず千聖のいる個室の前に熊井ちゃんと一緒に立ちはだかってしまった。 「なっ・・・!それなら千聖に会わせてよ!そ、そんな大きい二人で立ちはだからないでよぅ。」 少ししり込みしながらも、なっきぃは怯まずに私たちを上目で睨んできた。 「聞いて、なっきぃ。千聖さっきまで私たちと普通に話してたのに、急に言葉遣いが変わって、ここに逃げちゃったの。 だから私たち追いかけてきたんだよ。何か誤解させちゃったみたいだけど、いじめてないよ。」 とにかく、落ち着いて説得しないと。 なっきぃは完全に頭に血が上ってしまっているから、ちゃんと目を見て、ゆっくりと喋りかけた。 「・・・・そうだったの。ごめん、なっきぃの勘違いだね。そっか、千聖変な言葉づかいしてたんだ。3分ルールだもんね。」 3分?何のことだろう。 なっきぃはとりあえず納得してくれたみたいだけれど、今度はなぜかしょんぼりした顔になってしまった。 「あの、なっきぃ。そんな顔しないで?それより、千聖はなんであんな」 「ちょっとなかさきちゃん!私は千聖のこといじめてないよ!イジメとか大ッ嫌いだもん!あと大きい2人って言わないでよ!」 「もうっそれはわかったってば!でも、大きいのは現実でしょ!」 ・・・熊井ちゃん、もうその話は終わったよ。 何とか励まそうとしていたら、ひどいタイミングで熊井ちゃんがなっきぃに反論し出した。 そのおかげでなっきぃはまた元気を取り戻して、熊井ちゃんとおかしな言い争いを始めた。 どうしたもんかと視線をトイレの個室に戻すと、ほんの少しだけドアが開いて、千聖がこっちを伺っていた。 「千聖!!」 私の声に驚いて、千聖がドアを閉じようとする。 駄目! 私は悪徳セールスマンのように、足をねじ入れて無理矢理中に押し入った。 千聖はポカンと口を開けて、私の顔を凝視している。 「あ・・・」 「ごめんね、ちゃんと顔見たかったの。」 こんな狭くて暗い場所で、ずっと泣いていたのかもしれない。 目じりが赤く腫れて、下まつげが心なしか湿っているような気がした。 「ちょっと!茉麻ちゃん何やってんの!開けてよ!」 「何で茉麻も入るの?外で話せばいいじゃんー」 外の2人はいきなり徒党を組んで、思いっきりドアを叩いてきた。 狭い個室だから、予想以上にグワングワンと音が反響する。 ・・・・こんなことやられて、怖かったよね。ごめん、千聖。 「茉麻さん・・・」 喉から搾り出すような声で、千聖が私を呼んだ。 その表情があまりにもいじらしくて、私は思わず千聖を抱き寄せた。 「千聖、まぁはいつも千聖の味方だから。もう何にも言わなくていいから、それだけは覚えておいて。」 「っ・・・・」 わずかに首を縦に振ったあと、千聖の体が小刻みに震えた。 「ごめんなさい・・・」 今は、腕の中で泣きじゃくる千聖を抱きとめてあげることしかできない。 それでもいい。 どんな千聖でも、私がいつでも両腕で受け止めてあげたい。 その気持ちが千聖に少しでも伝わるように、抱きしめる腕に力を入れた。 「・・・・茉麻さん、ありがとうございます。もう大丈夫です。」 しばらくすると、千聖が顔を上げて笑いかけてきた。 「うん、よかった。・・・あ、千聖。今更なんだけど、もものことどうする?ちょっと時間経っちゃったね。」 「あの、できたら、私一人で桃子さんのところに行きたいんです。・・・本当は、茉麻さんにお話しなければいけないことがたくさんあるのですが、今は先に桃子さんのところに行かないと」 「わかった。」 もう外の2人はドアを叩くのをやめて、またなにやら2人で論争を繰り広げている。 千聖の肩を抱いて外に出ると、一斉に私たちに視線が向けられた。 「千聖!大丈夫?さ、早く戻ろう?」 「早貴さん・・・来てくださってありがとう。でも私、ちょっと行かなければならないところがあるんです。」 千聖はやんわりと拒否するけれど、心配性ななっきぃはなかなか引き下がらない。 「じゃあ、なっきぃも一緒に行く。」 「待って、千聖は一人で行きたいんだってさ。」 私がなっきぃを引き止めている間に、千聖は一礼して廊下を駆けていった。 「千聖ぉ・・・」 次へ TOP